僕は、ずっとSONYユーザーだった。
SONYの写りには満足していた。
α7Rⅱをメイン機としてつかっていて、レンズはGM24-70mmを主につかってました。
だけれど、カメラ歴が長くなるたびに心のどこかでライカという存在が大きくなるのを感じていた。
悩んだ期間はおおよそ2年間??笑
もちろん最初は、なんとなく欲しいなー、触ってみたいなー、という程度。
その前は、ライカなんて古いカメラ。ブランド料で高いだけ。というスタンスでした。
だけれど、時が経つにつれて、どうしよもなく欲しくてたまらなくなるのです。
ライカストアで手に持って、レンジファインダーを覗きなら、自分でフォーカスリングを回しながら、ピントを合わせる気持ちよさ。
なんとも言えない描写力に毎回心を奪われるようになる。
そして、とうとうライカM11を購入した瞬間、すべてが変わった。
それ以外ののカメラの選択肢が一瞬にして吹き飛んだのを覚えている。
この時の感動は忘れない笑
それまでは、新しいカメラが発売されるたびに、あれも欲しい、これもほしい、あれも触ってみたい、コンデジも欲しい、というように物欲がエンドレスに止まらなくなっていた。
しかも嬉しいのは手に入れた瞬間で、そこから急激に熱が冷めていくのを感じた。
物欲にはまりこり、何を買おうか調べたり悩んだりして、手に入れては次のものが欲しくなることを繰り返してきたわけですが、ライカM11を購入してから、それがピタッと止まるわけです。
その理由は大きくは3つ。
3つの理由
- 道具として価値。
- 圧倒的な描写力
- 異次元レベルで撮影が楽しい
この3つにつきるかなと。
道具としての価値
本当に、触るたびに好きになるカメラなんです。
フォーカスリングやF値のリングを回す心地よさ。
真鍮由来のズッシリ感。
それでいて手に収まるコンパクトさ。
なんといっても余計なものを一切排除したフラットなデザイン。
こんなに出っ張りがないカメラはない笑
圧倒的描写力
こんなミニマルなカメラなのにSONY顔負けの描写力を叩き出してくれます。
歪曲しないし、色の滲みのない、カリッカリに描写された解像力。
低画素で撮影をしても、その描写力は衰えない。
これに加えて、ライカならではの味付けが加わるのです。
艶っぽさや、湿度、光と影の美しいグラデーション表現。
もう惚れ惚れしますよ。
さらに異次元レベルで撮影が楽しくなります。
異次元レベルで撮影が楽しくなる
SONYをメインで使っていたころは、いい写真を撮ることに面白さを感じていましたが、撮影行為そのとのを楽しんでいる感はありませんでした。
だけれど、Leica M11の醍醐味はマニュアルで撮影することにあります。
正直、そんな面倒なこと毎回できるかなと不安でした。
そもそも、マニュアル撮影のスキルないけど、、、
という不安がありました。
大丈夫です。
マニュアルの面倒くささを、ライカを触る楽しさが勝つからです。
とにかく触るのが楽しい。
ライカの握りごごち、フォーカスリングやシャッタースピードを回す心地よさがあまりにもすごいので、苦になりません。
僕はだいたい2週間でなれました。
すると、とても面白い現象が起こります。
被写体と真剣に向き合う自分がいるのです。
SONY時代は、とにかくシャッターを押していた。
AIがオートで全てを行ってくれるから。
マニュアルで撮影するということは、被写体の状態を観察する必要がありますが、自然と観察するようになります。
観察する力が身につく
- 被写体の良さをどうやったら引き出せるか
- どの角度でとればいいか
- どういう構図が良いかを
自然と熟考し始めます。
思考と観察が撮影の中に入り込んできます。
これはとても面白く、撮影時間が充実します。
ということで、これまで物欲まみれな僕でしたが、欲しいカメラが一台もなくなりました。
と言えば少し嘘になりますが 笑
それほど他のカメラに見向きをしなくなりました。
カメラに対しても、レンズに対しても。
それよりもこのカメラを人生の相棒のように一緒に歩んでいこうと思うようになります。
色んな最新ガジェットで身の回りを固めるよりも
これは外せない!これは生涯をともにしたい!
と強く思える道具を少なく持つ方が豊かなんだとも気づきました。
ライカは他のカメラとは一線をかすカメラなんだと思っています。
ブログ後記
ただしα7Rⅱは、まだ手放してません。
それは仕事で使うから。
現場ではとりあえず何も考えずシャッターを、押すことが求められたり、動画も撮影する必要があるからです。
あと、色んな画角のレンズが必要なのです。
ライカのレンズはありえないほど高いので、一気に全画角は揃えられません 笑
でもあくまで仕事用。
私生活では、気づけばライカ以外は一切使わなくなったのです。
そして、仕事もライカのみにしていく計画をたてているので、また時折、記事でお伝えしていければと。